沿革

大分大学医学部は国の無医大県解消事業のもとに昭和51年10月1日に大分医科大学として設置され、昭和53年4月に医学部医学科が開校されました。その後、医学部附属病院が昭和56年10月1日に開院、大学院医学研究科(博士課程)が昭和59年4月12日に設置、医学部看護科が平成6年4月に設置、大学院医学系研究科看護学専攻(修士課程)が平成10年4月に設置されました。そして平成15年10月1日に大分大学と合併し大分医科大学から大分大学医学部となり、平成16年4月1日から国立大学からの独立行政法人化を経て今日に至っています。

現在、医学部附属病院は地上7階600床の規模で15診療科と中央診療施設を有する特定機能病院です。設置から20年以上を経て、無医大県であった大分県の地域医療の中核をなしています。医学部のある挟間キャンパスは大分市に隣接する大分郡挟間町にあり大分市中心部より車で約20分の距離に位置します。開学当初は周囲は山と田んぼ以外何もない状況でしたが大学の発展共に開発が進み、現在では大分県では数少ない人口増加地域のひとつとなっています。

耳鼻咽喉科学教室は昭和56年4月1日、初代教授・茂木五郎、助教授・前田昇一、講師・梅原豊治の3名で開講され、同年10月1日に助手・弓崎明輝、藤吉達也が入局し附属病院の開院を迎えました。その後、昭和57年に黒野祐一、昭和58年に川内秀之、吉村弘之、昭和59年に鈴木正志他の本学第一回卒業生を含む6名が入局しました。その後も毎年1から数名の医局員が入局し、教室に在籍した同門会員は50名を越えました。

研究の過程で問題点を把握し解決方法を見いだしていく姿勢を身につけるため臨床家であっても基礎研究を行うという茂木前教授の方針のもとにこれまで研究、臨床に教室員が一丸となり取り組み、その成果は国内外から高い評価をいただき、第90回日本耳鼻咽喉科学会総会では宿題報告「中耳炎と免疫」を担当し、茂木前教授主催で3つの国際学会、7つの国内学会を開催してきました。また、教室の評価は人事面でも認められ、平成6年8月に川内秀之講師が島根医科大学医学部耳鼻咽喉科学教授へ、平成9年11月に黒野祐一助教授が鹿児島大学医学部耳鼻咽喉科学教授に栄転し、茂木前教授が平成10年4月に副学長(医療担当)兼附属病院長に就任した後、鈴木正志現教授が平成11年3月に助教授より昇任しました。

茂木教授時代の体制を引継ぎ鈴木教授のもと、臨床と基礎研究の両立を目指して今日に至っています。